PHOTO & MEESAGE 過去記事 2014年




TETSUOグッズなどを取り扱っていただいている諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館。
今日もTETSUOポストカードなどお手に取ってくださったお客様そして奏鳴館みなさまありがとうございます。

写真、ポストカードのラックとクリスマスツリーの間にあるのは「アナと雪の女王」のオルゴールのコーナー。

今年はオルゴールもアナ雪大ヒットとのことで、年間を通じてこのコーナーと雪のディスプレイがあったせいか、クリスマスツリーもその続きの展開のような(笑)。

でもアナ雪もクリスマスツリーも相乗効果みたいな感じの楽しい雰囲気です。

そしてTETSUOポストカードは期間限定でクリスマス絵柄のものが販売されています。

クリスマスツリーを見て、自分の作品のクリスマスの絵柄のポストカードを見て、オルゴールのクリスマスソングを聴いて、なかなかのクリスマス気分。

仕事中なのに(笑)。

今年もみなさんに楽しいクリスマスが訪れますよう。

(2014年12月)





八ヶ岳山麓、この夏に大人も子供もみんなでカブトムシを見に行った森。
その勇姿でみんなを楽しませてくれた昆虫たちもその生命を全うし、静かに森の土に還ろうとしています。

今は森に来る人もなく、森が雪に覆われれば、誰もがここにいた生き物のことを忘れてしまうことでしょう。
カブトムシも鎧(よろい)をわずかに残すのみ、雪の下で眠り、そして遅い春を迎える頃には新しい生命のための豊かな森の土に姿を変えているかもしれません。



そうやって生命は循環することを、生きながらそして去り行きながら自然は語りかけてくれます。

冬を迎える森の霧氷に覆われた木々、けれどもう来年の春の芽が見えています。
これから雪が積もり樹氷に覆われながら、生命は着々と来たる春の準備をしていきます。

冬はこれからなのに、生命も自分も気持ちが先へ先へと行っています。
また季節が巡れば、静寂の森を緑と生命とここにやってくるみんなが歓喜の森に変えていくことでしょう。

そしてもうすでに大人も子供もみんな、夏休みが終わればすぐに来年の夏休みのことを考え、そんなみんなをまた生まれ来るカブトムシが迎えてくれることでしょう。

(2014年12月)





11月22日の長野県北部震源の地震、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

といいますか、今回は私の自宅が最大震度6弱の中にあり本当に家が倒壊かと思う揺れでしたが無事でした。
安否のメールをくださった方、お心遣いほんとうにありがとうございました。

私の家は、物が落ちた・崩れた・倒れた、クローゼットの扉が開いた、引き出しが飛び出した、といったそんな程度で済みほぼ無事でした。

そんな程度でほぼ無事、と書きながら、今回の長野県北部地震そして先の東日本大震災で本当に大きな被災をされた方を思えば被害と言えないほどの微々たるもの、という思いと、日本に住まば家具の損傷くらい被害のうちに入らないというくらい大震災を想定しなければならないという感覚に自分もなっているのだろうか、という思いとをめぐらしてみたりします。

今回死者はなかったとのことですが、家屋の倒壊をされた方々だけでなく、避難所生活や自分の学校が被災し他校で授業をしているみなさんも含め、一日も早い震災復興と生活の回復をお祈りしております。

写真は今回の地震で倒れた自宅近所のブロック塀です(私邸家屋とわかる部分にはぼかし処理をしています)。

(2014年11月)





TETSUOグッズを取り扱っていただいている諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館。

ハロウィンが終わってクリスマスまでのちょっとした間、いつも季節感のある奏鳴館内ショップのディスプレイもクリスマスはこれからです。

隣のコーナーには雪の結晶のディスプレイがありますがこれは今年ずっとあった「アナと雪の女王」コーナーのもの(笑)。

というわけでなぜかめずらしく(?)先駆けたクリスマス絵のTETSUOポストカード、早いながらお手にとってごらんください。

(2014年11月)





11月5日は名月十三夜が今年2回目でした。
普通の旧暦9月に加えて、ありそうでなかった171年ぶりの旧暦閏(うるう)9月の月。

171年ぶりとはすごい!という感じですが、ブルームーンなどと同じく歴という人間の見方の問題で、天体現象ではないので月そのものが特別明るいとか欠けが面白いとかそういうことではなく普通と言えば普通なわけですが(笑)。

それでもやはり、いつものように美しい。



いえ、日本人だけがあえて十三夜を愛でるのにはきっとこの美しさと月の力に理由があるのでしょう。
いつものように、いつも以上に、そして十三夜ならではの美しい月です。

(2014年11月)





野外活動のフィールドが標高1500m以上の場所にあって、ほとんど紅葉も終わって晩秋より初冬の風情。
が、少し里に下りて来ると紅葉もまだまだ見頃。



ケヤキはかなり個体差があって1枚目の写真のような落葉した赤や黄色もあれば、黄葉前の色が変わりゆく緑がえもいわれぬ色合いだったりします。

特に季節が移ろいゆく秋や春は、ちょっと季節があっちこっちして変な感じですが、いえいえそんな気分も悪くない、そして風景はいずれも美しく素晴らしい。

(2014年11月)





紅葉盛りの色。

この木、秋のはじめ色の変わり始めから周りがほとんど散った今まで、紅葉がかなり長持ちしてみんなを楽しませてくれます。

(2014年10月)





山の天気は変わりやすい。
それゆえ雨から晴れ方向に急変して満天の星空が現れることも。

このパターンが今年はたまにあり、そしてずっと晴れていた日よりもはっきりわかるほど星がたくさん見えるのです。

ちなみにこの星空観察が終わってすぐにまた雲に覆われ、ほんとに星空はみんなが見ていたこの時間のみ。
なんていいめぐりあわせでしょう。

動物、植物、天候、景色・・・、自然とのめぐり合わせはどれもほんの一瞬、そしてすべて偶然のこと。

けれどそれは偶然ではなく、その心を持つみんなに自然からもたらされる祝福なのでしょう。

(2014年10月)





久しぶりにやってきた皆既月食は晴れ予報外れて曇りの夜。

しかし皆既食が終わるぎりぎりの時間には風も出てまばらに流れる雲間からようやく一瞬姿を出した赤い月。

けれど、月は隈(くま)あるをこそ見るものぞ、と部分食開始時間から構えていながらただ雲しか見えなかった心にいきなりの皆既食完成の月。

知らぬ間に地球の影は月を隠しきりそして去りゆく間際。

どうも月食とは捉えにくい、欠けゆく月がもたらしてくれたであろう高揚感からおいていかれたかのような気分。



それでも時間が経つにつれ、いつもにはない独特の欠け姿を見せながら地球の影を抜けていきます。





雲に隠れては姿を現し、そしてまた雲にまぎれることの繰り返し。

身を構え、心を構え、写真を構え、時々一瞬顔を出だけの月に、むしろずっと出ているときよりも空を見上げています。



右側にわずかに影を残すまでに現れた満月。
すべてが終わるこの時間になって予報に沿うように晴れ渡る夜空。

いきなりの赤い月から始まった観皆既月食、雲から月が姿を見せていた時間は、空を見上げ続けていた総観月時間のうちいくらあったでしょうか。

それでも稀なる天体現象を見続けた思いと、しかし終わって晴れたがゆえにかえって最後まで釈然としない気分と。

月を穿(うが)つのは雲でも地球の影でもなく、人間の想いだけなのではないか、と何事もなかったかのようにさっぱりとした青い姿で昇る月を見て想うのです。

(2014年10月)





何気ない場所にもところどころで秋を見つけます。

並木の桜は人の手が植えたものだけれど、散る紅葉は片づけてしまうのが惜しい雰囲気。

(2014年10月)





秋の夜のなんと楽しいこと、前夜の中秋の名月に続ききっとかなり多くのひとたちが月を見上げたことでしょう。

楕円軌道の月が地球に接近するスーパームーン、数値としては14パーセント大きく、30パーセント明るく見えるとのこと。

二夜にわたって名のある真ん丸な月が楽しめる、この中秋の名月と満月の日付のずれと、そして前記事で観月も情報先行と書いたけれど、そんな情報があることでまた楽しめる月でもあります。

そして戦後最悪の日照時間らしい雨の8月を過ぎて、この二夜よくぞ晴れてくれました。

そして今宵も、思いはただ、美しきかな、月とはかくも良きものか。

(2014年9月)





夕焼けに染まる雲の上に出たばかりの中秋の名月。

どんな観月も何か情報先行な趣の現代もそれはそれで良しと思いつつ、しかし中秋の名月としての観月よりも、月そのものに感動をしている自分がおりました。

夏の間滞在していた八ヶ岳のキャンプ場でも例年なら日々時間も形も変わりゆく月を眺め、森の上に昇る月やキャンプファイヤーのみんなを照らす月を眺めそんな日々であるはずが、今年は雨続きで今宵月そのものを見ることが久しぶりでした。

夕焼けと青く沈みゆく空とそしてこの金色の月。
今宵の思いはただ、美しきかな、月とはかくも良きものか。

(2014年9月)





変わりやすい山の天気は突然の雨だけでなく、雨続きの夜に一瞬の晴れ間を見せてくれます。
雲がほんとうにカーテンのように開き、というか全天の雲が一瞬で全開、そしてそこには美しい星空。



こんな時に心地よい夜風のツリーハウスやハンモックで寝たとしたらどんな夜になるのでしょう。
以前に記事にした野宿体験をしたとしたら、きっと忘れられない夜になることでしょう。



行く夏を惜しんで、最後に見せる天の川と夏の大三角形、というか星が見えすぎて星座がわからない(笑)。

けれど写真4,5枚撮ったところでほんとうにカーテンが閉じるように一瞬で雲に覆われ、文字通りの天体ショーはあまりにも短編で終了。

山の天気は変わりやすい。
それでも、そしてそれゆえ見ることができた夏の終わりの一瞬の星空。

写真がもっときれいに撮れればいいのですが、みなさんは是非、本物の星空が見られますように。

(2014年8月)





八ヶ岳山麓、陽が射しこむ明るい森の中では秘密の花園のように花が咲きチョウが舞い飛んでいます。

チョウのほかは誰もいない、そして寄れば飛び去ってしまうチョウたちの、夏の森の花園にて。

(2014年8月)





薄く透き通った浅葱色(あさぎいろ)がきれいです。

自然観察に耐えうる写真でもなく、イメージ画像的な美しさを求めた写真でもない、ただその美しさと空気に癒されてその気持ちを残す、自分にしか価値のない写真を何も考えずに撮ることも多いです。

(2014年8月)





前出、諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館のカフェです。

ポストカードの枚数計算などをしているのですが、奏鳴館の方に飲み物などをいただき、書類を見つつもくつろいでいます。

右奥に背の高いディスクオルゴール。

TETSUOポストカードをお手にとってくださったお客様、奏鳴館のみなさま、いつもありがとうございます。

(2014年7月)





外は諏訪大社のお祭りをしています。

たくさんの人のにぎわい、炎天、そして夕立。

ちょっと中に入って、涼しい館内とオルゴールの音色でひとやすみ。

TETSUOウッドカットプリントそしてTETSUOポストカードはお手に取ってごらんください。

(2014年7月)





TETSUOコンテンツの奏鳴館の後、先日も記事にした万治の石仏ですが、不思議な雰囲気とともに、夕刻、この近くの川辺の涼しさを求めて歩いています。

外は、森は、川は、自然は、やはり心地よいのです



そして諏訪湖のほとりにて。

夕暮れの湖水と空と雲、遠景には八ヶ岳。

暮れていく風景と心地よい風に、時間はゆっくりと流れます。

(2014年7月)





諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館内ショップにて。

右奥にTETSUOポスター、手前にTETSUOポストカード、そして「アナと雪の女王」コーナー。

オルゴールもアナ雪ヒット中とのことで、なかなか涼しいディスプレイ。

外の暑さを忘れ、冷涼感とオルゴールの音色に癒されます。

(2014年7月)





想像すればこの姿で大丈夫だったのかと心配するような激しい雨の後。

雨があがり明るくなった森の中でセミが羽化をします。

地に出(い)でて雨を抜け、明るい世界を前に、大きく羽を開いたばかり。

雨上がりの夕方、誰も知らない森の中の出来事。

(2014年7月)





TETSUOコンテンツの奏鳴館から歩いて少し、しばしの休暇気分で心地よい諏訪大社の境内を歩きます。

暑くなる季節がゆえに、秋宮も大樹の木陰が涼しくて良い心地です。



春宮は境内にアヤメが飾られています。
良い花のある、良い季節ですねえ。




そして万治の石仏。
不思議な石造に、不思議な空間。
何か違う別の時間空間をそぞろ歩きするような心地です。

(2014年6月)





小中学生のキャンプファイヤーでもみんなが歌う「アナと雪の女王」、オルゴールでも今ヒット中とのことで、諏訪湖オルゴール博物館館内は主題歌のオルゴールがたくさんあります。

関連はないのですが、雪の絵のTETSUOポストカードも季節を問わず手にとっていただいています。

また、江戸時代の浴衣で雪の結晶の模様のものをTVで見たことがありますが、夏の浴衣に雪の結晶をあしらうという冷涼感この上ない粋(いき)なものでした。



そしてTETSUOのガラスグッズはディスプレイが少し変わっていましたが、これもクリスマスのキャンドルの暖かみが嬉しい時期だけでなく、ガラスの涼しげな感じが今の季節にもけっこういいな、とそんな感じのディスプレイです。

ご来館のみなさん奏鳴館のみなさん、いつもありがとうございます。

(2014年6月)





ちょっとわかりづらいけれど、2重に虹がかかっています。

八ヶ岳の宿泊施設から、土砂降りでずぶぬれ後のみんなと見ています。

山の天気は変わりやすくそして雨の日も多いがゆえにこうした偶然に出会えることもあります。

否。

それは天候のせいではなく、それを見る心のあるひとにもたらされ、その感性の前に現れる自然現象。

仲間とともに晴れを楽しみ雨を愛で、そして明日の天候を想いそこに立つ明日の自分を想うみんなに自然から贈られるメッセージと心象風景。

二度とない今この時を過ごすみんなに、二重の虹が偶然わけもなく現れたなどと誰が言えるでしょうか。

(2014年6月)





中学生と歩く森の中、ルート上に何頭ものシカの死骸が横たわっています。

この冬の大雪に呑まれたのか、食べるものがなかったのか、仔ジカを含め数百メートルの間に横たわる死骸は、雪解けから現れたばかりで土に還るにはまだ日が浅く、その中の何頭かの姿は中学生では目を背けて通りたい子も当然います。

けれどこれが自然の姿。

死んだシカたちは他の動物の食糧となって散っていき、風雨に洗われ、微生物によって土に還り、そして豊かな森の土となっていくのです。

死は苦しかったかもしれないけれど、それを見ることは怖いことでもなく、またその発見は冒険にふれるような高揚感でもなく、生命の流れは尊くも当たり前のように過ぎてゆくことを知ります。

それでも中学生のみんなの戸惑いの表情は、それは大切な人間的感情の現れ。
せめてもと僕が手を合わせれば、何人かは同じくシカを悼み手を合わせます。

何頭かのまだ原型を残すシカは、暖かい春の陽に眠るような表情。
彼らは旅立ちながら僕たちに何かを伝え、そして過ぎて行く僕たちを見送ります。

(2014年5月)





植物はいろいろ記録写真があるので、ここに記事にしようとするとあれもこれもになってしまうので逆にあまり載せてないのですが、まあたまには。

オキナグサは「翁草」つまりおじいさん的な姿からの命名なわけですが、でも花はまさに「華」の時期だし、この艶のような可愛いような独特の肌合いがけっこう色っぽくて素敵だと思うんだけど(笑)。

(2014年5月)





富士山の近くに来るといつも、この山を間近に毎日見て暮らすと人間はどうなるのだろうか?と考えます。

もちろん山麓に住んで日々眺めているひとたちはいるわけですが、見た目にはわからなくてもそこで暮らす人の内面には富士山によって作られた人間性や価値観や精神性というものがあるのだろうと思います。

言葉にすればおおげさだけれど、田舎で暮らす、都会で暮らす、海辺で暮らす、山の中で暮らす、富士山麓で暮らす、こう並べてみるときっとそこからもたらされる価値観があるだろうと容易に想像できます。

富士山がある国に暮らす、これもまた私たちの精神性に大いに寄与するのではと感じます。

精神性、というとまた難しいけれど、富士山を見て暮らすと人間はどうなるのか?という思いは、簡単に言えば富士山は美しく圧倒されるほど素晴らしいなあという感動の思い。

見るたびに影響を受けています。
日本には富士山があって良かった(笑)。

(2014年5月)





桜とともに見た満月から新月を過ぎ、再び桜越しに満ちていく月。

これほど何日ものあいだ何度も桜に出会える年は、なかなかない。

それが何か意味があるように考えながら、そう思わされる気持ちや、かつて何かしらのビジョンを見た時のことがにわかに浮かんでくる今宵の桜。

香りとオーラと掴みきれない言葉に心を惑わす桜、そして日々無理にでもの進歩を促すかのように時と姿を変えていく月。

(2014年5月)





めぐり合わせが良いときは良いもので、仕事に出かけつつ帰り深夜になってから満開の桜と満月に出会います。

夜が更けても、満ちていく美しい時間。

(2014年4月)





TETSUOポストカードなどを扱っていただいている諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館。

館内も華やいだ春の雰囲気です。

実は外の桜はまだ満開というわけではないのですが、ご来館ありがとうございます、よろしければオルゴールと桜のTETSUOポストカードなどをお手に取って、春の雰囲気をお楽しみくださいませ。

(2014年4月)





あんずの花、果樹園のものです。



果樹としての手入れはあるも夜桜のような演出はなし、太陽の下の明るい花を眺めます。



果樹としての花と同時に、栽培ではない大きな古木もまた素敵です。



そしてさらに素敵なのが、栽培でないにもかかわらずこうした在来種の干し杏がとても美味なのです。

(2014年4月)





釈迦堂から歩き始めた桜見物は、夜桜はまさに人の世の賑わい。





咲き誇るほどに人は賑わい、賑うほどに惹かれる夜の桜の美しさ。



桜こそあやしうこそものぐるほしけれ、人の心に不思議な感覚をもたらす桜に、美しい夜はずっと続きます。

(2014年4月)







だんだんと暮れていく桜の景色。

昼の桜の明るさと夜桜の下の人の世の濃さを想うと、この夕暮れ時が人の感覚のわずかな境目となる貴重な時間。






暮れゆく空に心を静め、そしてだんだんと夜桜の高揚感へといざなわれていきます。

(2014年4月)





桜を見に出かけます。

いわゆる花祭りは釈迦の誕生を祝う日ですが、桜まつりの花の中で、この仏像のあるお堂も開かれ花が飾られています。

生まれたばかりの釈迦が発したという言葉「天上天下唯我独尊」。

この言葉の出所も解釈も様々あるけれど、そしてその言葉を知らなくても、今自分が生きるこの時を大事に過ごすことは素晴らしいことじゃないか、という超訳を以て桜を愛でる花見の人たちとそして自分。

釈迦の誕生に祝福の雨を降らせた伝説に興味がある自分は、信心少なくも小さな釈迦像に甘茶をかけるのが何か楽しい。

花見の人たちはお堂に上がる人はほとんどいないけれど、それぞれが楽しい時間を過ごすことがそれぞれに尊い時間。

そして自分は釈迦堂を下り、まさに人の世の桜の中へ。

(2014年4月)





3月は暖かくなりつつも冬に逆戻りの日もあり。
気温も天候も3月ならではの変化、流れてゆく霧に景色も独特の顔を見せます。
手前の雪原は湖、まだしばらくは全面結氷。



うっすらと雪景色、そして森を包む霧はこれからの天候の変化を告げつつ、見る人に抒情的な思いをもたします。
冬に逆戻りも、静かに続くその美しさに安堵の思い。

(2014年3月)





雪が結晶でそのまま降ってきます。
雪、というより空を見上げれば細かい霧のような氷、そして地に届く姿は氷の花。





意図して出かけて撮るにも待っていて撮るにも難しい雪の結晶だけれど、こうして何かを告げるかのように向こうからやってきてくれるのはえもいわれぬ喜びがあります。
雪を愛でる心あらば、自然からの美しいメッセージに如何にか答えん。

(2014年2月)





真夜中の雪の森。

昨日からの雪は腰が埋もれるほど積もりそして未だ止まず、音のない森にしんしんと降り続いています。

深く積もった雪の中に身をあずければ、雪の中に浮かぶような包まれるような、気持ち良くそして何にも例えられない不思議な感覚。

そのまま眠れば二度と目覚めないであろう気温とそしてこの上ない心地よさは、そのとおり別の世界との境目に漂うような快感。

雪の中に浮遊し重力を無くすのは、体でしょうか魂でしょうか。

暫しの夢のあと、寒さにこちら側の世界に転がされてベッドを惜しむように起き上がります。
そして、美しい世界だなあと何度も何度も口にしながら、またこちら側の世界に歩き出すのです。

(2014年2月)





全面結氷の湖、みんなで夜に出かけます。
降り積もった雪をかきわけると現れるのはスケートリンクのような湖面。
雪の世界、そして氷の大地、不思議な空間です。
懐中電灯を伏せると氷全体が発光するように明るくなります。
自分がいる場所が真っ暗な中で、見えない氷の下の世界が浮かび上がるような幻想的な光景です。

(2014年2月)





浅間山、今日は噴煙は見えませんが活火山です。

噴煙と、そして噴火がもたらしたなだらかで独特の模様のある山肌は遠くから見ても分かりやすく、小中学生や高校生のみんなと、夏は登山、冬はスキーをしながらも日々景色を楽しむ目印にもなります。

この場所から眺めるのは2011年の地震の頃以来。

煙すらなく、景色がとても静穏なのが少し不思議な気持ちになります。


(2014年1月)





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