PHOTO & MESSAGE 過去記事 2009年




 気温が下がりました。昼近くでも霜柱が残っています。
 しかしこのところ街では昔ほど霜柱を見なくなったように思います。温暖化か暖冬か、あるいは土の地面そのものが少ないという都市化のせいか、気候の心配や風情あるものが少なくなっていくことや、いろんなことを考えます。
 子供の頃に、この霜柱という現象を驚きの目で眺めたり、あるいはバリバリと踏んで歩いたりした、その感覚は今でも残っています。原体験ですね。
 そんな身の周りの出来事も今の自分が世界を見る目にとても影響していると感じます。創作活動にも野外活動にも、そして思想にも情緒にも遊びにも。
(2009年12月)





 諏訪湖オルゴール博物館奏鳴館で取り扱っていただいているガラスプレートとキャンドルホルダーです。
 このところはイベントや作品展などで手にしていただける機会があまりないのですが、キャンドルをつけてみたくなる素敵な季節は天使のキャンドルホルダーに灯を入れて眺めてみたいです。
 かなり過去記事ですが、TETSUO ART GALLERY ホーム>写真とメッセージ>2003年 のページに灯の入ったキャンドルホルダーなど、2つほどガラスグッズの記事があります。
(2009年12月)






 縁起物というのはただの飾り物ともパワーグッズとも神様その物とも違う不思議なアイテムです。また同じくダルマというものも、その人が人知を超えた力に願いをかけつつもその願いが成就しようともしまいとも願った人間の反省に帰するということではある種健全な神様アイテムかもしれません。
 日本ではイワシの頭から宇宙創造の神まで神様にしながらも宗教色は濃くはなく、対象の神様よりみずからの願いと向き合う機会をくれる縁起物というのもなかなかおもしろいものだと思います。
 それでもダルマや熊手がならぶ縁起物市の中を歩くと、何か不思議な力がそうさせるかのような、なんだか楽しく幸せな気持ちになるのは不思議なものです。
(2009年11月)





 実は9月は体調がダメダメでした。いろいろと予定を延期やキャンセルをさせていただきました。御配慮ありがとうございます。
 大したことはないのですがちょっと医者にもかかり、時節柄インフルエンザの検査もし、とりあえず陰性ということで、ぼちぼちと活動を再開しています。
 久し振りに工作をしに行った児童館は、うがいや消毒などが強化されてはいるものの、平和でにぎやかで子供たちの自覚もあるようなないようなで、まるでインフルエンザも遠いところの話のようです。
 同じ世界であるのに病気の世界と平和の世界とが紙一重に分かれながら混在しているような思いです。
 病気ではなく、平和や幸せの気持ちが伝播していってほしいと、心から思います。
(2009年10月)





 昨年記事にした長野県八ヶ岳での小中学生の野外活動に今年も参加をしました。先日その場所で仕事のない時間に間伐材を使ってクラフトなどをしてみました。
 切りっぱなしの枝と薪(マキ)にしてあった木を使い、ちょっと天然の汚れや傷みなどもあったのですが、一緒に野外活動をしている方でこれから学校訪問をする担当の方に、学校の子供のお土産にしたいというリクエストをいただきました。
 これからその方が行かれる神奈川県藤沢市のどこかの小学校か中学校に届けられるそうです。
 これを見てくれたみんなが、クラフトも含めこれから体験する様々な野外活動に興味を持ち、参加を楽しみにしてくれたら嬉しく思います。
(2009年8月)





7月22日皆既日食。私のいた場所は日食の皆既帯から外れていたため部分食でしたが、それでも太陽が欠け始めると不思議な高揚感がやってきます。
 太陽と月の絶妙な大きさや星が直列になることや、今更とはいえそんな宇宙的な偶然を想うと、むしろ天体現象を解析すればするほどその偶然は氷山の一角のような気がしますし、それよりもっと広く遠い宇宙の偶然を想わずにはいられません。
 雲も多かった観測中には彩雲や虹のリングや放射状の光や、専門的な名前は知らない様々な天体現象が現れます。
 これほどの天文的な偶然が人間に影響を与えない見た目だけのものなどとどうして考えられましょうか。
(2009年7月)





 サラサドウダンツツジの花。定点観測的にチェックをしていたのですが、仕事にあわてばたばたしていて花が咲いているのに気付かずに通り過ぎ、後になって写真を撮りました。
 小さいながら見れば見とれる素敵な花ですが、慌てて余裕がないと気付かずにいてしまうという戒めと、慌てて余裕がないからこそ、その花色に心癒される思いと、しばし立ち止まって花に語りかけられるかのような思いで眺めます。
(2009年6月)





 祖母が亡くなりました。
 生前、祖母によくついて歩いていた私は、相応の年齢で旅立つ方を見送る機会が度々あり、お寺様がいつも命のはかなさについてお説きになるのを聞き胸に留めていました。
 しかし今回、自分の祖母の葬式に立ち会った感慨はまったく別のもので、生きていた時の存在感や、死後もまるで生きた人間が眠っているかのような綺麗で安らかな表情や、そして焼かれてしまった後にも何かまだいつものようにそこにいるかのような思いを感じます。
 そして、人間は弱くもはかなくもなく、こんなにも強い存在感をもたらすものなのかと、まったくいなくなってしまった今も、祖母がいた無形の証のようなものを強く感じています。
(2009年6月)





 名前はわかりません。花の直径が2ミリに満たない小さな花ですが庭を見ているなかで見つけました。多くの場合、雑草として扱われる類の植物と思いますが、実際這うようにしなければ見つけられない花が、自分の視線を向けさせたことにまず驚きます。
 しかし見つめていると引き込まれるような美しさを感じます。姿形のせいだけではないのでしょうか。この花はまったく当たり前にその生命を全うしているだけなのですが、なにか別世界を覗くような感覚を覚えます。
 自分が住む世界に別世界があり、さまざまな目に見えない世界というのもこういうふうに存在するのではとふと考えます。
(2009年4月)





 ずっと暖かかったのですが、急な寒の戻りで咲きだした花に雪が積もりました。
 今年は雪が少なかったのもあり、こんな時期になっても久しぶりの雪が嬉しいのです。それだけではなく、冬のように冷え込んだ空気の中に春のような甘い香りが漂うのは、まるで空気全体がジェラートかミルクをかけたかき氷のようです。
 寒いだけの季節にはない、花が咲くだけでも味わえない、今日だけの冷たく甘くこの上なく美味しい空気にいつまでも浸っていたいような気持ちです。
(2009年3月)





 たまに、TETSUOさんの作品はCGですかとかベジエ(コンピューターでの曲線描画)ですか、とか聞かれることがあります。が実際は紙にペンや絵の具を使い、また木版などという超アナログなレイヤーを使って作品を作っています。
 一方でポストカードなど印刷物や出版物、ウェブサイトなどにするには作品をデータ化する必要があり、たくさんの方々に見ていただくためにはパソコンを利用するというまったく種類の違う作業もしています。
 このたび「白い天使」のシリーズでデータ化をしていなかった作品の中の47作品をウェブサイトにアップしました。
 たくさんのリクエストとご好評ありがとうございました。これからもよろしくお楽しみください。
(2009年1月)





 雪の中に咲いたこの花は山茶花でもなく寒椿でもなく、春4月になると咲くいわゆる普通の椿です。今年はなぜか1輪だけ真冬に咲きました。
 季節はずれながらとても美しい花です。が、同時に、温暖化が気になる昨今では植物にもわずかとはいえ季節を間違えさせるような影響があるのかと考えたりします。
 冬枯れの庭に輝くような鮮やかな花色を見せてくれて、単純にそれだけを愛でたい気持ちと気候変動に思いをめぐらす気持ちとが混在します。
(2009年1月)






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