■私が影響を受けた絵画について

 よく「TETSUOさんが影響をうけた絵はなんですが」と聞かれることがあります。みなさんどんなことを予想して質問をされるのでしょう。私は現代のアートからイラストから日本、東洋西洋を問わず好きな芸術家はたくさんいますし好きな作品もたくさんあります。
 しかし今までで一番印象的で、創作というより自分そのものに影響をあたえているのはアウトサイダーアートかもしれません。
 アウトサイダーアートとは本来は精神異常者が描いた絵のことを指しています。広い意味で「アウトサイダーアーティスト=正統な美術教育の外側にいる(それを受けていない)芸術家」という意味でも使われるようですが、主に知的障害者や精神異常者の創作した作品にたいして使われる言葉であるようです。(学者により定義は異なる)。
 いまから10年ほど前に東京・世田谷美術館にて「パラレル・ヴィジョン」というアウトサイダーアーティストとそれに影響を受けた芸術家の企画展を見たことがありました。
 大キャンバスに気が遠くなるような細かい描写の絵、子供たちの戦争の物語、得体の知れない生き物、1からおそらく億単位までただひたすら数字を書き続けたもの、人間の体の部位のコラージュなど、仮にも美しいとは言えない作品ばかりです。多くの方の感想は、頭が変になりそう、ちょっと気持ち悪い、そういったものが多く、そうでない場合はいわゆる頭で考えた感想、先の学識者の定義に出てきたように、芸術家のパーソナリティや社会背景などと絡め学術的に分析されるという解説が多かったと記憶しています。
 しかし私はいわゆる感想というものよりも言葉にできない楽しさを感じ、見終わった後に夢の中にいるようなゆったりとしたとても楽しい気持ちでした。風呂に入れてもらったあとの赤ちゃんのような気持ち、とそのとき感じました。
 私は現代のいたずらにグロテスクな作風を狙ったようなアンダーグラウンド的な作品は好みません。しかしこの作品の作者たちは職業意識はもとより他人に見せることすら考えず、精神を病んだり施設で生活したりしていた作家はまったくの内的世界、ほんとうに自分の創作のためだけに創作していたところに私はある種の純粋性を感じた、といったら解説に過ぎるでしょうか。きちんとした美術教育を受け、見る人に訴えることを技巧や創作姿勢に組み入れた芸術家の作品に慣れ親しんできた私には、精神に問題があるという言葉とは裏腹に、いえ、それゆえ世間の常識など何者にもに汚されなかったその創作の純粋性、内的宇宙の広さ、そしてはばかることないその表現、そういった魂の輝きとも呼べるバイブレーションのようなものを作品から感じた気がしました。先の「風呂に入れてもらったあとの赤ちゃん」という表現は自分が魂だけの状態になった感覚だったのかもしれません。
 私には小学校時代、知的障害の友人がいました。彼は特有の言動でいわゆる普通の生活の常識に乗るには難しいところがありましたが、彼には他人には無い想像力があり、そして人目を気にせずその世界を外界にも表現していました。いわゆる世の中よりも自分が感じたままの想像(創造)の世界にいた彼が忘れられない友人であるとともに、私自身もまたそういったところがあり、誤解を恐れず言うならば創作家としての自分もそんな感性で生きられたらなあと思うのです。
(2003年7月)


注:作者の記憶に基づき書いており参考文献などを用いていないため解説・名称など正確でない部分があります。また本文は作者の個人的見解であり、専門的な芸術論などに則っていないことをお断りしておきます。


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