■白を基調としたシリーズ作品について(2)

 なぜこのようなシンプルな線だけでこころに響く表現ができるのかと多くの方々からご質問をうけます。私はそのことを大変嬉しく感じると同時に天使など私の絵の題材になっているものたちの目にみえない力というものについてあらためて不思議で素晴らしいものだと感じています。
 この白い画面に描かれたシリーズ作品(?)はもともとは非公開の私のイメージスケッチであったものが、ひょんなことから人目に触れ、その後フライヤーなどの印刷用の原稿やそのプレゼンテーション用として描かれてきたものです。
 当初それらは原稿として使用され当然のように色の変換やトリミングなどのデザイン的な加工が施されました。しかし原画を見た方々から加工された絵ではなく原画そのままのものを発表してほしいとのリクエストがよせられ、オリジナルの作品が出品されるようになり今日に至りました。私は見るひとがそんな思いをいだいたのも天使たちのもたらす光が絵を通してそのままいつも私たちに届いているから、と思えるのです。
 そしてまた絵としての印象だけでなくセラピー・ヒーリングや精神世界に造詣が深いひとたちの間でもこの絵を気に入ってくださる方が多いようです。それはある意味で癒しの象徴でもある天使やイルカなどを題材にしているというだけがその理由ではなく、絵で見ていながら何かもっとこころの奥底、あるは魂と呼べる場所で目に見えないメッセージを感じてくださっているのではないかと、そういった方々の感想をお聞きしながら感じています。

 私のもとにはさまざまな感想が寄せられます。その中には絵の中の天使と対話したという方や、余白の部分に天使が飛んでいく姿を見た、という方もいます。それはおそらく私が作品を制作しているときの状況や気持ちと同じものかもしれません。
 しかしそのような不思議な話や目に見えないものを絵にしたというような、私が自分自身の作品を説明するとき、(ひとつ前のコメントでは詩的表現と理論的誠実さを失わない説明をするようにしているとありますが)実際は詩的表現はできても美術解説的な理論的な説明はなかなかできないのがほんとうのところです。荒唐無稽、あるいは作家特有のきてれつさと感じる方もいるかもしれません。
 しかし私は自分自身や見た方のいわば文学的詩的表現というものが事実の説明であり、それこそが真実であるのではないかと思っています。たとえてい言うならサンタクロースがほんとに家にくるわけじゃない、と言ってしまうよりもクリスマスの夜に枕元に靴下を置いておくほうがどれだけ楽しく心豊かであるかと思うのです。
 絵の中の天使をじっと見つめるだけでもそのひとの心には天使の光が届いているのだと私は思います。そういった思いを感じながらいつも天使たちの光がなにものにもじゃまされずに表現できるようにと考え日々制作に取り組んでいます。(2003年1月出版社用ほか資料として)



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